論文の内容の要旨

 

【目的】 

痛み伝達制御におけるホスホリパーゼA2 (PLA2)の役割を知るために、PLA2活性化剤のメリチンが脊髄後角第U層(膠様質)の自発性抑制性シナプス伝達に及ぼす作用を調べた。

【実験】 

成熟ラットから作製した脊髄横断スライスの膠様質ニューロンにホールセル・パッチクランプ法を適用して行った。

【結果】 

メリチンを灌流投与すると自発性抑制性シナプス後電流 (sIPSC) の振幅と発生頻度が著明に増加することを発見した。この作用はGABA-sIPSCとグリシン-sIPSCのいずれに対しても見られ、前者はNa+チャネルやグルタミン酸受容体の阻害剤また無Ca2+液中で抑制されるが、後者は影響を受けなかった。メリチンによるグリシン-sIPSCの促進は濃度依存性で(EC50: 0.7 μM)、PLA2 やリポキシゲナーゼの阻害剤により抑制される一方、シクロキシゲナーゼ阻害剤は作用しなかった。

【結論】

脊髄膠様質におけるPLA2活性化はGABAとグリシンを介する抑制性シナプス伝達を促進し、前者はニューロン発火とグルタミン酸受容体活性化を介しているが、後者はグリシンシナプスへの直接作用であり、リポキシゲナーゼ代謝物を介すると結論される。このような抑制性シナプス伝達の促進は、以前報告されたPLA2活性化による興奮性シナプス伝達促進と共にPLA2活性化による痛み伝達制御に寄与することが示唆される。

論文審査の結果の要旨

 

主査 頴原嗣尚

副査 中島幹夫

副査 松島俊夫

 

脊髄後角においてホスホリパーゼA2 (PLA2)のアラキドン酸代謝物であるプログスタンジンE2が痛み伝達を促進することはよく知られているが、PLA2活性化自身が痛み伝達にどんな影響を及ぼすか不明であった。本研究はPLA2を活性化することが知られているメリチンを使用し、これが痛み伝達の制御に重要な役割を果たす脊髄後角膠様質細胞の抑制性シナプス伝達にどんな作用を及ぼすか調べたものである。実験は脊髄横断薄切片の膠様質細胞にホールセル・パッチクランプ法を適用することによって行っている。

メリチンがGABAおよびグリシンによる自発性抑制性シナプス後電流(sIPSC)の振幅と発生頻度を著明に増加させることを発見している。

メリチンによるGABA作動性sIPSCの促進は、電位依存性Na+チャネルやグルタミン酸受容体の阻害剤の存在下、また、無Ca2+液中で抑制されたが、メリチンによるグリシン作動性sIPSCの促進は影響を受けなかった。この結果よりメリチンはグリシンシナプスへ直接作用すると考えて、メリチンによるグリシン作動性slPSCの促進作用の機構を詳しく調べている。その結果、この促進作用は、PLA2やりポキシゲナーゼの阻害剤により抑制される一方、シクロキシゲナーゼの阻害剤は作用しないことを見出している。

以上の成績は、脊髄膠様質におけるPLA2活性化はGABAとグリシンを介する抑制性シナプス伝達を促進し、前者はニューロン発火とグルタミン酸受容体の活性化を、後者はグリシンシナプスにおけるアラキドン酸カスケードのリポキシゲナーゼ代謝物の作用を介することを示している。本研究は脊髄膠様質においてPLA2の活性化が抑制性シナプス伝達を促進する機構を明らかにしたものであり意義あるものと考えられる。

よって本論文は、博士(医学)の学位論文として価値あるものと認めた。