論文の内容の要旨

 

研究の目的

Aldehyde dehydrogenase 2 (ALDH2)はエタノールの代謝物であるアセトアルデヒドの主要代謝酵素である。ALDH2の遺伝子多型(ALDH2*2)は日本を含めた東アジア地域に多くみられ(約50%)、保有者ではアセトアルデヒドの代謝活性が著しく減少する。本研究ではこの遺伝子多型が肝組織へ及ぼす影響を検討することを目的とした。

 

方法

10-11週齢のAldh2+/++/--/-マウスに0, 3, 6, 10, 15, 20%いずれかのエタノール溶液と固形飼料を与え、5週間飼育した。

 

結果

5週間投与後のAldh2+/+マウスの血清ALT値が不変であった一方で、Aldh2-/-マウスで血清ALT値が有意に低下した。酸化ストレスの指標として測定した肝組織中MDA量やTNF-α、またTNF-αの転写調節に関わるERK2の発現量も低下しており、それぞれALT値と有意に相関していた。しかし、より強い肝細胞の脂肪変性や膨化などの所見はAldh2-/-マウスで観察された。

 

考察

ALDH2の欠損が、飲酒時の酸化ストレスを減弱させ、ERKシグナリングを介したTNF-α発現の抑制が引き起こされ、血清ALT値を低下させることが示された。しかし一方で肝障害を示唆する所見も得られ、ALDH2遺伝子多型保持者では、飲酒が肝組織に対して保護的な作用と障害の両作用をもたらすことが示唆された。

 

論文審査の結果の要旨

 

主査 田中恵太郎

副査 副島英伸

副査 藤本一眞

 

本論文は、エタノールの代謝物であるアセトアルデヒドの代謝酵素Aldehydedehydrogenase2(ALDH2)をノックアウトしたマウス(Aldh2-/-)、ヘテロ接合体(Aldh+/-)および正常遺伝子を持つマウス(Aldh2+/+)において、5週間のエタノール溶液投与が肝組織に及ぼす影響を検討している。     

投与後のAldh2+/+マウスの血清ALT植が不変であった一方で、Aldh2-/-マウスにおいては血清ALT値が有意に低下した。また、酸化ストレスの指標である肝組織中MDA、TNF-αの転写調節に関わるERK2およびTNF-αの発現量も投与後に低下しており、それぞれは血清ALT値と有意に相関していた。この事は、ALDH2の欠損が飲酒時の酸化ストレスを減弱させ、ERKシグナリングを介したTNF-α発現の抑制を引き起こし、血清ALT値を低下させる可能性を示唆した。しかし、肝細胞の膨化の所見はAldh2-/-マウスにおいてより顕著であった。すなわち、ヒトにおける ALDH2 遺伝子多型保持者では、飲酒が肝組織に対して保護的な作用と障害の両作用をもたらす可能性が示唆された。

以上の成績は、飲酒が肝機能検査および肝組織へ及ぼす影響のメカニズムについて新しい知見を加えたものであり,意義あるものと考えられる。 

よって本論文は,博士(医学)の学位論文として価値あるものと認めた。