論文の内容の要旨

 

研究の目的:

TRPA1はTRPチャネルファミリーのなかで最も新しいもので、末梢における侵害性冷覚受容だけでなく神経因性疼痛や慢性疼痛などの病態時における難治性疼痛にも関与していることが示唆されている。しかしながら、中枢神経系におけるTRPA1の局在ならびに機能は全く不明であった。本研究では、TRPA1の活性化が脊髄内痛覚情報伝達に及ぼす影響を解析した。

 

方法:

成熟ラット脊髄横断スライス標本の膠様質細胞にホールセル・パッチクランプ法を適用し、TRPA1の選択的アゴニストであるアリルイソチオサイアネート(AITC)の投与による興奮性シナプス後電流(EPSC)の発生頻度及び振幅の変化を観察した。

 

結果:

TRPA1は膠様質のシナプス前終末においてTRPV1と共発現しており、その活性化に伴って、電位依存性カルシウムチャネルの開口なしにシナプス前終末ヘカルシウムが流入し、グルタミン酸含有シナプス小胞の同期的な放出が誘発された。その結果、シナプス下膜AMPA受容体のみならず、spill overしたグルタミン酸によってシナプス外のNMDA受容体が活性化され、膠様質細胞における興奮性シナプス伝達は増強した。

 

考察:

本研究は中枢神経系におけるTRPA1の存在及び機能について世界で初めて示したものである。中枢神経系におけるTRPA1の内因性リガンドは未だ不明であるが、細胞内で上昇したカルシウムがTRPA1を活性化すると報告されており、上記実験の結果からも細胞内外のカルシウムイオン濃度の変化がTRPA1の機能に関与している事が伺える。

 

結論:

これらのことから、脊髄におけるTRPA1は、生理的な痛みの調節あるいは病態時の難治性疼痛に関与している可能性が示された。

 

論文審査の結果の要旨

 

主査 頴原嗣尚

副査 中島幹夫

副査 平川奈緒美

 

TRPチャネルファミリーの中で最も新しいものであるTRPA1は、末梢において冷覚などに関与することが知られていたが、中枢神経系におけるその局在や機能は不明であった。本論文は、皮膚末梢から脊髄後角に至る痛み伝達の制御に重要な役割を果たす膠様質におけるTRPA1の役割を明らかにしたものである。実験は成熟ラット横断スライス標本の膠様質ニューロンにホールセル・パッチクランプ法を適用することにより行っている。TRPA1の作動薬であるアリルイソチオサイアネート(AITC)を灌流投与すると自発性興奮性シナプス後電流(sEPSC)の発生頻度と振幅が増加することを発見した。この作用の多くは−70mVの保持膜電位で内向き膜電流の発生を伴っていた。このようなAITC作用は非選択的なTRP阻害剤であるルテニウムレッドにより抑制される一方でTRPV1阻害剤であるカプサゼピンにより抑制されなかったこと、また、TRPV1の作動薬であるカプサイシンと相互作用しなかったことなどからTRPA1の活性化を介するものであると結論している。そのAITC作用は無Ca2+液中で抑制されるが電位依存性Ca2+チャネル阻害剤により影響を受けないことより、神経終末のTRPA1チャネルを通って細胞外から細胞内へ流入したCa2+が多量のグルタミン酸放出を引き起こすと考察している。このグルタミン酸がシナプス下膜のAMPA受容体を活性化させるばかりでなくシナプス外膜のNMDA受容体を活性化させて内向き膜電流を発生させると考えている。

以上の成績は、脊髄膠様質において神経末端に存在するTRPA1の活性化がグルタミン酸放出を促進するということを明らかにしたものである。本研究は中枢神経系におけるTRPA1の機能を世界で初めて報告したものであり意義あるものと考えられる。

よって本論文は、博士(医学)の学位論文として価値あるものと認めた。