論文の内容の要旨

【目的】

頭部外傷は神経細胞を傷害し,脳機能の低下を引き起こす。シナプトフィジン(SYP)はシナプス小胞膜タンパク質の1つであり,シナプスの分子マーカーや脳機能の指標として用いられている。頭部外傷が脳内SYPの局在性や量的変化に及ぼす影響を調べた。

【方法】

Wistar系雄ラット(8週齢,約300g)に脳損傷作製装置Fluid Percussion Deviceを装着後,側方打撃与え脳損傷モデル作製した。打撃強度依存的な解析は打撃強度を約2.03.5及び6.0 atmで打撃後2日目の脳を試料とした。打撃後時間依存的な解析は打撃強度を3.5 atmで打撃後215及び30日目の脳を試料とした。SYPの解析は抗SYP抗体を用いた免疫組織化学及びウエスタンブロット法で行った。

【結果】

SYPの免疫染色では打撃部側の皮質及び白質でSYP抗体に対する反応性が増強し,SYP反応は打撃強度及び打撃後経過時間の増大に伴って増強した。打撃部直下の皮質では打撃後経過時間の増大に伴ってSYPが神経細胞体周辺へ局在した。打撃部側の白質では軸索損傷を認め,打撃後経過時間の増大に伴ってSYPが損傷部位に局在した。一方,ウエスタンブロット法では損傷部分のSYP量は打撃後30日目まで変化しなかった。

【考察と結論】

頭部外傷後の脳内SYPの局在変化はシナプスの機能低下や軸索輸送の阻害を反映していることが分かった。

 

論文審査の結果の要旨

主査 黒田 康夫

副査 熊本 栄一

副査 増子 貞彦

 

 本論文は頭部外傷後の脳機能低下の発症をシナプトフィジン(SYP)の局在と量的変化を指標として調べた研究である。

 Wistar系ラットに脳損傷作成装置を用いて側方打撃を与えて脳損傷モデルを作成している。脳損傷は打撃強度依存性および打撃後時間依存性の両面から調べ,その方法としてSYPの局在と量的変化を免疫組織化学およびウエスタンブロット法で調べている。

 結果では,打撃部の皮質および白質でSYPの発現が増強し,それが打撃強度および時間に依存していることを認めている。さらに,打撃部直下の皮質では経過とともにSYPの発現が神経細胞体の周辺で増大すること,打撃部の白質で軸索損傷が生じること,さらに経過とともに損傷部位でSYPの発現が増大することを認めている。

 以上の成績は,頭部外傷後の脳機能低下はシナプスの機能低下と軸索輸送の障害によるものであるが,このことをSYPの量的発現と局在を調べることによって評価できることを示しており,頭部外傷後の脳機能低下の評価について新しい知見を加えたものであり,意義あるものと考えられる。

 よって,本論文は,博士(医学)の学位論文として価値あるものと認めた。