論文の内容の要旨

【目的】

静脈性嗅覚検査(IVO)は簡便に行える嗅覚検査法として本邦において広く用いられているが,鼻腔内の嗅素濃度がどのように変化しているのかについては不明な点が多く,また検査時に血管痛を伴うといったデメリットもある。

そこでIVO施行時の鼻腔内嗅素濃度の変化を知るべく,また血管痛の少ない理想的な検査方法を得るべく研究を行った。

【方法】

嗅覚障害のない健常人25

を対象にプロスルチアミン(PST)の静脈注射を行い,

潜伏時間・持続時間と血管痛の程度を測定

また0.5秒毎の鼻腔内におい強度金属酸化物半導体ガスセンサー用いて測定した。

【結果と考察】

520秒間のPST注入では鼻腔内におい強度のピークが反復する例が出現し,40秒間のPST注入ではにおい強度のピークが一峰性となった。短時間のPST注入ではPSTの血中分布が不均一になり易いため,におい強度のピークが反復するものと考えられた。正確な持続時間の評価のためには,におい強度のピークは一峰性であるべきであり,PSTの注入時間は40秒が適当と考えられた。

PST注入後,生理食塩液をフラッシュした例では持続時間が延長する傾向にあった。少ないbolusでは注入速度が不均一になり易く,また静脈内で薬液が停滞してしまう可能性が考えられた。

PSTpH34と酸性であり浸透圧も高いが,生理食塩液で希釈することにより,静注時の血管痛を有意に減少させることが可能であった。

【結論】

IVO施行時のPST注入方法は,PST 10mg/2mlに生理食塩液を10ml加え,トータル12ml6倍希釈)として注入するのが,患者への侵襲が少なく,再現性もあり優れた検査法である。

 

論文審査の結果の要旨

主査 熊本 栄一

副査 黒田 康夫

副査 頴原 嗣尚

 

本論文の目的は,我が国において広く用いられているプロスルチアミン (PST) の静脈注射による嗅覚検査法の最適条件を明らかにすることである。このため,嗅覚障害のない健常人にPSTを静注した後,臭いが生じ始めるまでの潜伏時間,臭いの持続時間,VASという痛みの評価尺度による血管痛,そして0.5秒ごとに鼻腔内臭い強度を金属酸化物半導体ガスセンサーを用いて調べている。

 以上の実験より以下の結果が得られた。(15-20秒のような短いPST静注では鼻腔内臭い強度のピークが反復する場合が見られる一方,40秒のPST静注では臭い強度のピークは一峰性であった。(2PST静注後に4-12 mlの生理食塩水でフラッシュすると,この量の増加と共に臭いの強度と持続時間が増加する傾向があった。(3PSTを生理食塩水で希釈すると,希釈の割合の増加と共にPST溶液のpHはアルカリ側にシフトし,それに伴ってPST静注後の血管痛は減少した。

 このような結果について,PST静注の時間が短いとPSTの血中における濃度の分布が不均一になるために鼻腔内の臭い強度のピークが反復すること,少量のPST静注では静注速度が不均一になり易くて静脈内で薬液が停留すること,また,血管痛はPST溶液の酸性度によることを推察している。

 以上の結果や考察に基づいて,10 mg/2 ml の濃度を持つPST 2 mlの静注による嗅覚検査において,これに生理食塩水10 mlを加えた12 ml (6倍希釈)を用いることが理想的であると結論している。本研究は,血管痛の少ない静脈性嗅覚検査法の最適条件を明らかにしたものであり,臨床的に意義あるものと考えられる。

 よって本論文は,医学博士の学位論文として価値あるものと認めた。