論文内容の要旨

【目的】

低酸素環境における膵癌細胞と間質との相互作用について検討した。

【方法】

膵癌細胞株に低酸素刺激(1O₂)を与え,浸潤能,遺伝子発現変化について解析した。間質細胞モデルとして線維芽細胞株を用いた。

【結果】

低酸素刺激にて膵癌細胞の浸潤能は亢進し,低酸素刺激下線維芽細胞上清を添加することで浸潤能はさらに増強した。低酸素刺激膵癌細胞においてHIF-1α蛋白発現,MMP family及びc-Met遺伝子の発現上昇を認め,線維芽細胞においては,HIF-1α蛋白,HGF分泌増加がみられた。膵癌細胞上の活性型c-Metc-Metリン酸化)は,線維芽細胞上清よりHGFを除去することで抑制され,膵癌細胞の浸潤能抑制,MMP活性低下も認められた。又,膵癌切除標本を用いた免疫組織学的検討において,HIF-1α蛋白発現は癌細胞だけではなく周囲の間質細胞においても認められた。HGF蛋白の間質発現は,HIF-1α間質発現及びc-Met癌細胞発現と有意な相関関係を示した。

【考察】

1.      癌細胞において低酸素環境は,HIF-1α蛋白発現→c-Met↑,MMP↑→浸潤能亢進を惹起する。又,線維芽細胞においても低酸素環境は,HIF-1α蛋白発現→HGF分泌↑を促し,パラクライン的に膵癌の浸潤能を亢進することが示唆された。

2.      免疫組織学的検討においても上記のin vitro実験を支持する結果を得た。

【結論】

低酸素環境下において膵癌細胞は間質との交互作用を介し,HGF/c-Met系を活性化することで浸潤能を増強させることが明らかになった。

 

論文審査の結果の要旨

主査 戸田 修二

副査 藤本 一眞

副査 徳永 藏

 

 癌細胞の生存・増殖・浸潤・転移には,癌組織の間質成分である間質線維芽細胞は重要な規定因子であり,低酸素は癌細胞―間質細胞相互作用を制御する重要な環境因子である。本論文は,低酸素(1%02)刺激と癌細胞―線維芽細胞相互作用下における,膵癌細胞の浸潤とその遺伝子発現を解析している。更に,膵癌症例における生体での低酸素下癌細胞―間質細胞相互作用の検証を行っている。

 これによると,低酸素は膵癌細胞の浸潤を促進し,低酸素刺激下線維芽細胞培養上清添加は,癌細胞の浸潤を相乗的に促進した。低酸素は癌細胞のHIF-1α蛋白発現,MMP-27MT1-MMPc-Met遺伝子発現を,線維芽細胞のHIF-1α蛋白発現,HGF産生を促進した。線維芽細胞培養上清よりHGFを除去すると,癌細胞の活性型c-MetMMPs発現,癌細胞浸潤能は制御された。膵癌症例の組織解析では,癌細胞と間質線維芽細胞に,HIF-1α蛋白の発現が見られ,癌組織に於ける低酸素環境の存在が示唆され,間質細胞のHGF発現と,間質細胞のHIF-1α蛋白発現及び癌細胞c-Met発現と有意の相関が見られた。

 以上の成績は,低酸素は,癌−間質細胞相互作用を介して,HGF/c-Met経路を活性化することにより,癌細胞の浸潤能を促進することを,in vitroin vivoの解析で示したものであり,膵癌の癌生物学に意義ある新知見を加えたものと考えられる。

 よって本論文は,博士(医学)の学位論文として価値あるものと認めた。