論文内容の要旨

 心筋活動電位の再分極最終相(phase3)は心房筋において速く,これは強い内向き整流性を示すカリウム電流IK1の振幅が心房筋よりも心室筋において大きいためであるがその機序は不明である。IK1は静止電位近傍で大きく流れ脱分極電位でほとんど流れないが,これは細胞内のポリアミンやマグネシウムイオン(Mg²⁺)がチャンネルを膜電位依存性にブロックするためである。本研究では心室筋細胞と心房筋細胞のIK1の違いをモルモット心臓より単離した心筋細胞を用いて穿孔パッチクランプ法によって調べ,その違いを引き起こす要因がIK1チャネルを構成するサブユニットの差異によるかどうかをKir2.1Kir2.2Kir2.3サブユニットを発現させた培養細胞から電流を記録し検討した。

 その結果,心房IK1は心室IK1に比べ内向き電流振幅に対する外向き電流振幅の比が小さく(内向き整流性が強い),心室IK1にみられる再分極誘発外向きトランジェットが心房IK1では見られないことを見出した。その要因として,1)心室と心房のIK1へのKir2.3の関与は細胞外pHに対する感受性と内向き電流活性化速度の二点の性質の違いから極めて小さいと考えられ,2Kir2.1Kir2.2チャネルにおいて細胞内ポリアミンとMg²⁺存在下に誘発される外向きトランジェットに大きな違いはみられないが,3)細胞内ポリアミン濃度を増加させると外向きトランジェットは消失し電流の内向き整流性は強くなったことから,細胞内ポリアミン濃度の違いが心房と心室のIK1の違いの要因として関与することが示唆された。そこでモルモット心臓組織のポリアミン濃度を測定し,計算により細胞内遊離ポリアミン濃度の推定を行ったところ上記推論が支持された。

 本研究結果から心室筋と心房筋の活動電位波形の違いに細胞内ポリアミン濃度の違いに基づくIK1の違いが関与することが示唆された。

 

論文審査の結果の要旨

主査 熊本 栄一

副査 野出 孝一

副査 伊藤 翼

 

 本論文では,モルモットの心房筋と心室筋における活動電位の再分極最終相の差をチャネルレベルで知るために単離心筋細胞にamphotericin B穿孔whole-cell patch-clamp法を適用し,内向き整流性K⁺チャネル電流(IK1)の記録を行っている。また,Kir2.1Kir2.2Kir2.3 subunitを強制発現させた培養細胞に穿孔whole-cell法やinside-out法を適用してK⁺チャネル電流の記録も行っている。電気生理の実験に加えて生化学的手法によりモルモットの心臓組織におけるpolyamine(sperminespermidine)濃度の測定も行っている。

 以上の実験により以下の結果が得られた。(1)心房IK1は心室IK1よりも強い内向き整流性を示し,心室IK1にみられる再分極性誘発外向きtransientが心房IK1では見られなかった。(2)心筋IK1と培養細胞Kir2電流の性質の比較から,心房と心室のIK1へのKir2.3の寄与は殆どなく,Kir2.1Kir2.2の関与が大であると考えられた。(3inside-out法を用いて調べると,細胞内spermineMg²⁺存在下におけるKir2.1Kir2.2のチャネル電流の外向きtransientに大きな差はなく,細胞内のsperminespermidineの濃度を増加させると,いずれのチャネル電流においても外向きtransientは消失し,内向き整流性が強くなった。(4sperminespermidineは心室よりも心房において高濃度に存在していた。

 以上の結果は,心房筋と心室筋の間のIK1の性質の違いは,チャネル構成subunitの差違ではなく,細胞内のpolyamine濃度の違いによることを示している。この研究は,細胞内polyamine濃度の違いにより,心室筋と心房筋の活動電位における再分極最終相の違いが生じるという新しい知見を加えたものであり,意義あるものと考えられる。

 よって本論文は,医学博士の学位論文として価値あるものと認めた。