論文の内容の要旨

【目 的】

ラット一過性脳虚血モデルの脳脊髄液における蛋白質発現プロファイルの変化を検討し,急性期に特異的に増加する蛋白質を同定することを目的とする。

【方 法】

ラット右中大脳動脈一過性閉塞モデルの脳脊髄液を虚血超急性期,急性期,亜急性期および慢性期の4期に分けて採取し,SELDI-TOF-MSを用いて蛋白発現プロファイルを検索した。一方,急性期に増加する蛋白については2次元電気泳動法およびトリプシン消化法にてその性状を同定した。さらに同定した蛋白の局在については免疫組織化学的に検索した。

【結 果】

髄液蛋白質プロファイルは経時的に大きく変化した。急性期に増加する蛋白のうち,特に顕著に増加する13.6Daの蛋白質はtransthyretinTTRmonomerであると同定された。また,免疫組織化学的に急性期の脈絡叢上皮細胞の細胞質にTTRの強い陽性反応が観察された。

【考 察】

髄液蛋白質は虚血後に経時的に大きく変化していることが明らかとなり,病態の解明に重要であると考えられた。TTRの機能のひとつとして,炎症に重要な役割を果たすinterleukin-1の産生を抑制することが報告されており,虚血急性期において炎症性変化を抑制する働きが推測される。

【結 論】

SELDI-TOF-MS法は微量のサンプルを用いて比較的簡便にプロテオミクス解析が可能である。

 

論文審査の結果の要旨

主査  黒田 康夫

副査  出原 賢治

副査  池田 義孝

 

本論文は,ラット一過性虚血モデルで脳脊髄液における蛋白質発現プロファイルの経時的変化を検討することにより,脳梗塞急性期に特異的に増加するたんぱく質を明らかにすることを目的にした研究である。ラット右中大脳動脈一過性閉塞モデルの脳脊髄液を虚血超急性期,急性期,亜急性期および慢性期に分けて採取し,SELDI-TOF-MSを用いて蛋白発現プロファイルを検索し,急性期に増加する蛋白を2次元電気泳動法およびトリプシン消法にて同定している。さらに,同定した蛋白の脳における局在を免疫組織化学的に検索している。これによると,髄液たんぱく質プロファイルは経時的に大きく変化し,急性期には13.6kDaの蛋白がとくに顕著に増加し,この蛋白がTransthyretin (TTR) monomerであることを同定している。さらに,免疫組織学的に急性期の脈絡叢の細胞質にTTRの強い陽性反応があることを明らかにしている。以上の成績は,TTRが急性期脳梗塞のマーカーになり,さらに増加したTTRが炎症に重要な役割を果たすInterleukin-1の産生を抑制して虚血部の炎症反応を抑制している可能性を示唆している。

よって本論文は脳梗塞において新しい知見を見出しており,意義あるものと考えられ,博士(医学)の学位論文として価値あるものと考えた。